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光のなぞ 光や色のたのしい知识がいっぱい!

光の“正体”は?

光が世界を明るくした

「あかり」の発明

人类がはじめて使った「あかり」はたき火でした。约50万年前の北京原人もたき火を使っていたようです。今から数万年前には动物からとった油を、そして3000年前には植物からとった油を燃やす「オイルランプ」が使われ始めました。

このような动物や植物からとった油は、室内のあかりの燃料として、长い间世界中で使われていました。ヨーロッパでは、ルネサンス时代(14?16世纪)になると明るい炎を长い时间ともせるように、自动的にオイルが供给できるランプなどの改良が始まりました。そして、19世纪には石油ランプが使われるようになりました。

日本では、平安时代に室内で「灯台(とうだい)」が使われていました。これは、小さな皿に油を満たし、台座にのせて火をともすものです。江戸时代になると、火をともした皿のまわりに木や竹で枠を作り、纸を张って风よけにした「行灯(あんどん)」が人々の间に広まりました。

江戸时代末には、西洋から石油ランプが渡来しましたが、同じ顷、菜种油を使った「无尽灯」と呼ばれる照明装置が発明されました。この装置は、ただ油を燃やすだけでなく、油の量を调整して明るさを変えることができ、近代的なあかりのさきがけとなりました。

初期青铜器时代(前3300年?2200年)时代に使われていたランプ。

初期青铜器时代(前3300年?2200年)时代に使われていたランプ。

化け猫と「あかり」

江戸时代から伝わる怪谈では、「化け猫は行灯の油をなめる」ことになっています。行灯にイワシから作った油が使われていたために、そうした话が生まれたのだと考えられています。
植物の油は、平安时代にはすでに使われていました。しかし植物の油は高かったので、一般の人々は江戸时代になっても、比较的安い鱼の油を使っていました。

种类 原料
动物油鱼(イワシ、ニシンなど)、クジラ、イノシシなど
植物油ゴマ、ツバキ、ハシバミ、イヌガヤ、ナタネなど

日本で使われていた、动植物の油

ろうそくのはなし

ろうそくは、紀元前3世紀頃から、ヨーロッパや中国などで使われていました。当時は动物油や蜜(みつ)ろうのろうそくが主流で、日本には6世紀、仏教の伝来とともに蜜ろうのろうそくが伝わりましたが、高価だったため寺院など一部で用いられるだけでした。江戸時代になると、手軽に採れるハゼノキの木の実から「和ろうそく」が作られ、一般の人々にもろうそくの利用が広まりました。
ちなみに、光の明るさ(光度)を表す単位に「カンデラ」(车のヘッドライトの明るさなどを表すのに利用)があります。この「カンデラ」はラテン语で「ろうそく」と言う意味です。

左:江戸时代に使われていた行灯 右:无尽灯

左:江戸时代に使われていた行灯
右:无尽灯
写真提供:东京电力(株)电気の史料馆所蔵

「电気」のあかり

19世纪になると、石油ランプやガス灯が広まって、家の中はとても明るくなりました。しかし「ものを燃やして光をつくる」という点は、それまでと変わりませんでした。

これが大きく変わったのが、エジソン(1847-1931)が作った「白热电球」(1879年)です。电球は、ものに电流を流すと高温になり、白く光りはじめるというはたらきを利用しています。エジソンはあらゆるものを実験して试し、最终的には「炭素フィラメント」と呼ばれる竹を炭化させたものを発光させ、电球を作りました。现在、フィラメントは热に强いタングステンという金属が使われています。

电球と同じくらい身近なあかりに「蛍光灯(けいこうとう)」がありますが、そのしくみは电球とはまったく违っています。蛍光灯は、ガス状の水银を入れたガラスの筒で、この筒の中に电気を通すと、电流の中の「电子」と水银原子がぶつかり、光が生まれます。蛍光灯は、电気を光に変えるときのむだが少なく、1938年に発売されると世界中に広まりました。

エジソンが発明した電球

エジソンが作った白热电球。
形は今とあまり変わらない。その后、フィラメントを改良したり、中にガスを入れるなどの工夫がされている。
写真提供:东京电力(株)电気の史料馆所蔵

フィラメントが光るのはなぜ?

蛍光灯の両端にある电极に电圧を加えると电极のフィラメントが加热され、电子が放出されます。
ガラス管の中には水银原子が入っており、管の内侧一面には蛍光物质(けいこうぶっしつ)が涂られています。

あらゆるもの(物体)は、温度に応じて「光(电磁波)」を出しています。実は、わたしたちの体も「赤外线」を出していますが、目に见える光(可视光线)より波长が长く、光としては见えません。
一方、金属などでは、電流を流すと熱が発生します(この熱の量は、電流の大きさと、物体の种类によって決まります)。数百度という高温まで加熱されると、物体は赤外線だけでなく、私たちでも見える光を発するようになります。フィラメントが白く光って見えるのはこのためです。
エジソンは、京都の竹を炭化させフィラメントに利用しました。世界中から竹を集め、中でも京都の竹で作ったフィラメントがもっとも寿命が长かったからだそうです。

日本初の蛍光灯

日本初の蛍光灯が作られたのは1940年のこと。电球に比べ蛍光灯は明るく、热を出さないというメリットがあったため、この顷奈良の法隆寺金堂で行われていた、壁画の模写作业で、蛍光灯136灯が初めて点灯されました。

左:国产初期の蛍光灯 右:现在の蛍光灯

左:国产初期の蛍光灯
右:现在の蛍光灯
写真提供:东芝ライテック(株)
东京电力(株)电気の史料馆

新しい「あかり」

20世纪后半には、「発光ダイオード」(尝贰顿)が登场しました。これは、电気を直接光に変える、「新しいあかり」です。
LEDは、「物質に電気を通すと光を放つ現象」を利用しています。この現象そのものは1907年には見つかっていましたが、1962年になって、赤い色を出すLED(赤色LED)が発明されました。LEDが出す色は、使う物質の种类によって決まります。赤色に続いて、1968年には緑色LEDが発明され、機械の表示ランプなどで使われてきました。その後、1993年に青色LEDも発明されました。
これで赤、緑、青の「光の叁原色」がそろったので、白い色の光を作れるようになり、「あかり」としても利用できるようになりました。
身の回りを见ると、尝贰顿を使った信号机が多くなってきています。また、お店やオフィス、住宅でも尝贰顿の照明が実际に使われています。

さらに最近登场したのが、「有机贰尝(ゆうき贰尝)」です。
有机贰尝は、尝贰顿と同じように电圧をかけると物质が発光する现象を利用していますが、薄く面状に発光体が形成できる「面発光」という特性を持っている点や、形状に制约がなく薄いシート上にすることができるなどの点で优れており、とても注目されています。
有机贰尝は、携帯电话などのディスプレイ用にすでに使われ始めていますが、照明用に使う研究も进められています。シート全体が光る有机贰尝を使えば、たとえば天井全体を照明にして、広い范囲を明るくすることもできるのです。

尝贰顿と有机贰尝は、どちらも电気エネルギーが少なくてすむので、エネルギーの节约ができます。今后はさまざまな场面で、尝贰顿や有机贰尝が「あかり」として使われるようになるでしょう。

マイナスの性质を持つ狈型半导体とプラスの性质をもつ笔型半导体に电圧をかけると接合部分で発光します。色の违いは半导体の材料によって违っていて、青色は窒化ガリウムを材料としています。

尝贰顿を利用したクリスマスイルミネーション

尝贰顿を利用したクリスマスイルミネーション
写真提供:なばなの里-08年度冬-

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